2006年04月15日

病人を「支える」って難しい

病院が完全看護となり面会時間もきっちり決められている現在、よほど重篤な病状でない限り家族が四六時中付き添う必要はない。
用事があれば別だけれど、義務感だけなら毎日見舞う必要もないと思う。

義父は骨折していた。
できれば、手術して整復した方がいいらしい。
しかし、年齢と持病のことがある。
手術に耐えられるのか温存で治療するか、まだいろいろと検査するようだ。
たぶん、土日には検査が行なわれないと思う。
治療方針は、結果が出揃う来週の半ばにならないと決まらないかもしれない。
命に関わる怪我ではないけれど、リハビリもあるだろうし、入院は長引きそうだ。
夫は午後、とりあえず面会に行くと言っている。

ぴ「私も行く」

夫「何で? 来なくていいよ」

ぴ「足りないものがあるかもしれないでしょう? 家のことでやらなくちゃならないこともあるでしょう? 冷蔵庫の生もの始末とか」

そのあたり、誰も考えていないと思うのよねぇ。
夫の親のことなので、夫自身が「来なくていい」と言っているのだから行かなくてもいいのかなぁ。
病人を支えるのは難しいとつくづく思う。
手を出し過ぎて、患者がすべて他人に依存するようになったら、誰のためにもならない。
こちらは良くても、患者自身は迷惑としか思えない事柄もある。

しかしな〜。
家事の面は、普段やっている人とやっていない人では視点が違うと思うんですよ。
今できることをしておかないで、おおごとになってから後始末に借り出されるのは、かなわんて。
今までそういうことが多かったので、今回も可能性大。
先に手を打っておきたい。
学習効果ってやつですわ。

まったくな〜。
入院中の洗濯物をどうするかとか、新聞を止めるとか、誰か考えているんですかね?
退院したら快気祝いをしなくちゃならないから、来た人といただいたものを書いておくノートも必要。
義父は全部覚えていられないだろうし、義父の世代は礼儀に特にこだわるはず。
快気祝いはきちんと念を入れてやっておかないと、いきなり信用を失いかねない。

保険もな〜。
義母が亡くなった時、義母も義父も生命保険・入院保険関係に雀の涙程度しか加入していなかったことが判明した。
生命保険は葬式代程度のものがあればいいけれど、「生きていて医療費がかかる状態=入院」が長引くと、大変なことになる。
わたくしは義父に、入院保険は新たに入っておいた方がいいのでは?と進言したのですわ。
義父は、掛け金と給付金を計算して「○○日以上入院しないと割に合わない。そんなに入院するかわからない。掛け金を払うなら貯蓄しておく」と言い、結局加入しなかった。
義父は近い将来、入院保険に加入しなかったことを後悔した愚痴を述べると思う。
「だから言ったじゃないですか」と口元まで出かかるだろうけれど、それを言っちゃあオシマイなので、ぐっと飲み込むことを肝に銘じておく。

夫「来週の旅行、どうする?」

ぴ「どうするって、行けるわけないでしょう? お父さん、入院してるんだよ!」

夫「もう休暇取っちゃった。こっちにいても、親父のために特にすることないでしょう?」

ぴ「………」

夫「そうか。だからうちの実家の家族はドライだって言われるのか」

はい。
わたくしは、夫とその家族の、その辺の感覚がいまだによくわからないのです。

「ぴょんぴょんは嫁だから、毎日来い」とは言われないと思う。
言う人たちではない。
望まれても「具合がイマイチだから、毎日行くのは無理です」と言わざるをえない状況だし。

しかしですよ、もしも旅行に行ったら「具合が悪いので病院へは毎日行けないけど、旅行には行けるんだ。ふぅん」と思われるかもしれないでしょう?
義父は、入院して心細くなってるはず。
「自分は、たいして気にされていないんだ」って思っちゃうかもしれないでしょう?
普通はそうなんじゃないの?

ちなみに夫は、わたくしが癌で入院した時、一番大変な術後すぐの10日間、一度もお見舞いに来なかった「ドあほう」です。


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posted by ぴょんぴょん at 12:06| 夫婦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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