今朝のA新聞の天声○語、なんですか、あれは?
うちの猫・ワタシが書いたのかと思った。
中学・高校の時、すべての国語の先生に「作文の勉強になるから毎朝読め」と言われていたのですが…。
代理出産について述べていると思われる内容。
いろいろな意見があるので、反対意見があってもおかしくないし、「賛成です」と書く人がいてもいい。
だけどね、本当に奥の深い問題なんですよ。
だから、真面目な気持ちで考えて欲しかった。
ちゃかされているような、バカにされているような感じを受けたのは、わたくしだけ?
あれでは、今回の代理出産の当事者たちがかわいそうだなぁと思った。
反面、「あんなこと書かれてかわいそうだから」という感情論が高まって、世論が同情だけで代理出産を認める方に傾くことがあるとしたら、それはそれで何か違うなぁとも思う。
子宮癌や卵巣癌になって子宮を摘出し、妊娠や出産が不可能となった患者が「どうしても自分の血を分けた子供が欲しい」という気持ちを諦めきれなかった場合、現状では代理出産しか方法がない。
けれど当の患者ですら、「生命とは?」「親子とは?」「家族とは?」と考えていくと、代理出産に速攻で飛びつく気持ちにはなれないはず。
何らかの結論を出すまで、深く深〜く思い悩むんです。
子宮も卵巣もなく、保存卵子もないわたくしは、代理出産という可能性すら望めないけれど、「子宮癌・卵巣癌患者情報交換サイト」と銘打ったホームページを運営しているものとして、代理出産の件にノータッチという訳にもいかないだろう。
子供が欲しいのに自分は代理出産の適応にすらならないとかそういうことではない、代理出産がらみの悩みは、わたくしにもあるんです。
ひらがなとカタカナだけで書かれた、チャチャとも受け取られかねない暗号文のようなもので、真面目に考えようとする人々の気持ちを乱して欲しくはなかった。
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ラベル:代理出産