2011年02月24日

緩和ケア病棟に入院

本日、義父が緩和ケア病棟へ入院した。
夫は義父を病院へ送って行くため、家へ迎えに行った。
今日入院する事は前もって説明し、患者本人も了承していたのだが、いざとなったら義父はかなり駄々をこねた。

「入院なんてしません」

「私はどこへも行きません」


など入院に抵抗する言葉を連ね、しかも親子なのに、夫に対する言葉遣いが妙に他人行儀だったため、「もしや…」と思った夫が確かめると、なんと義父は、実の息子である夫のことがわからなくなっていた。

夫「僕が誰だか、わかってるよね?」

父「………。わからない…。お前は誰だ?!」

夫「UKIだよ!」

父「UKIは、そんな顔してない!」

夫「じゃあ、どんな顔してるの?」

父「………。UKIなんて人は知らない!!!」

など、一悶着あったそうだ。
夫は、実の父親が自分の事をわからなくなってしまったことがかなりショックだったと言っていた。
モルヒネによる「せん妄」なのかな?
高齢になると、薬量のコントロールが難しくなり、問題行動が出るケースもあるらしいし。

とにもかくにも、義父は、実の息子である夫を知らない人だと思い、非常に警戒してしまった。
そのままでは病院へ連れて行くことなどできるはずもなく、仕方なく義父担当のケアマネージャーさんに来てもらったところ、義父は、ケアマネさんのことはわかったそうだ。
後は、ケアマネさんと夫で、義父をなだめすかして車に乗せ、やっとのことで緩和ケア病棟に入院させたとのこと。
「すぐに帰って来られるから」「嫌だったら退院できるから」など、半分騙すような形で入院させてしまったことを夫は少し気にしている。
義父にはほんと申し訳ないけど、これはしょうがないよ。
薬のせいなのか、はたまた尿毒症を起こしているのか、義父には失見当識がある。
痛みがあって、飲むモルヒネが手放せないし、下血もひどく、紙おむつを使っている。
もう、ひとりで家にいるのは無理だ。

しかし…。
前立腺がんなのになぜ下血するんだろう?
これについては、わたくしの理解の範囲を超える。
もう精密検査などは行われないので、義父の消化器がどうなっているのかわからないけれど、前立腺がんって胃や腸に転移することってあったっけ???

波乱の予感…。
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2011年02月25日

緩和ケア病棟へのお見舞い その1

午後、義父が入院している緩和ケア病棟へ行ってみた。
入院したばかりだから、足りないものがあるかもしれない。
もしかしたら退屈しているかもしれない。
義父は、緩和ケア病棟に入院した末期がん患者ということで「好きなものを食べていいです。お酒も飲みたかったらどうぞ」と言われているそうだ。
食欲があるなら、好物のうなぎを差し入れようかな。

けれど

病室の義父は

えらいこっちゃな状態になっていた


夫から聞いた昨日の様子では、やや意味不明な部分があるものの、義父は他人と会話らしきものができていた。
ところが今日の義父は、ベッドに横たわり、半眼状態。
ンゴンゴといびきをかいている。
いびきをかいているのだから寝ているのだろうけれど、その間もひっきりなしに激しく手足を動かしている。
次の瞬間にはいびきが止まり、目を開けてこちらを見ている。
ベッド柵をつかんで、起き上がりたそうな動きも見せる。
そしてまたすぐにンゴンゴ。

寝ているんだか、起きているのかわからない。
激しく動いているのはなぜ?
苦痛があるの?

義父は、入院したことによって、在宅では使えなかった薬も使えるようなったはずだ。
モルヒネ系の点滴が始まったのかしらん。

それにしても…。

わたくし自身キャンサーサバイバーなので、がんの病友は多い。
末期がんの患者さんをそれなりの数、見てきた。
塩モヒの静注で、こんなにバタバタと激しく動くようになった人を、わたくしは見たことがない。
どちらかというと傾眠になり、みんな静かになってたんですけど…。
(続く)

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緩和ケア病棟へのお見舞い その2

義父の担当ナースが家族説明に来てくれた。
それによると、義父は入院後、不穏状態(ちょっとした錯乱など、落ち着きがないこと)になってしまったので、昨夜から精神安定剤としてセレネースを使っているとのこと。
今朝からはモルヒネも使っているとの説明があった。
精神安定剤とモルヒネをダブルで使っているなら、わけのわからない動きをするのも、なんとなく納得できる。
ナースは「お父さんが昨夜、少し騒いで…」と言っていたが、きっとかなり騒いだか暴れたのだろう。
申し訳ありません。

老眼で目が見えず、最近はめっきり耳も遠くなってしまった義父に残された感覚は触覚だけだと思い、手をそっと握ったら、びっくりするほど強い力で握り返してきた。
これは、単なる反射なんだろうか?
それとも、意思があって握り返しているのだろうか?

義父の両足は、膝から下全体に強い浮腫みが出ている。
いびきの間には、頻繁に無呼吸がある。

なんだか

本当に

様子がおかしいんですけど…。


(続く)

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緩和ケア病棟へのお見舞い その3

義父の目が開いた。
遠くを見ているようなまなざしだったけど、「ぴょんぴょんです、わかりますか?」と大声で尋ねたら、ハッとした様子があり、こちらを確かに見てコクンと小さく頷いた。
次の瞬間、また、いびき。

少しすると身体を起こそうとし、わたくしのほうを見て少しニヤッと笑い、「○○○○じゃないか」と何度も繰り返して言った。
その言葉が、どうしても聞き取れなかった。
わたくしは、義父の手を握り続けるしかなかった。
うなぎの差し入れなんて、とてもとても無理だった。

ナースの説明では、義父の状態はあまり良くなく、Drは近々一度、家族と面談したいと言っているそう。
いざという時の相談をしたいのだろうと思った。
家族がそばにいない時に呼吸停止したらどうするかとか。

「お父様は病状があまり良くありません。でも、血圧は下がっていないので、主治医は『今すぐ云々ということはなさそうだ』と言っています。面談は来週にでもいかがですか?」とナースに言われたわたくしは、「今日帰ったら夫に伝えます。お返事は、夫から電話させます」と答えた。
義父に残された時間は、あまりないように見えた。
会わせたい人がいたら、今週末にでも来てもらわないと間に合わないかもしれない。

帰り際、もう一度、義父の手をぎゅうっと握って「また来ます」と言った。
義父は言葉を発しなかったけれど、病人とは思えない力で握り返してきた。
その手は柔らかく、温かかった。

午後6時頃、病院を出て帰路に着いた。
これからしばらくは、毎日のように病院と家の往復になるかも。
いや、「なるかも」ではなく、毎日来よう。

最後のわがままがあれば、聞くために。

最後の望みがあれば、叶えるために。

そして、看取るために。


わたくしが義父にしてあげられることは、もうそれくらいしかないのだ。

しばらくの間、忙しくなりそうです。
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急変

緩和ケア病棟に入院したばかりの義父。
その様子の異様さに首をひねりながら帰宅。
ほとんど同時に帰宅した夫に、義父の様子を伝え、「あまり時間がなさそう。連絡しなくちゃならない親戚がいたらすぐにでも電話したほうがいいよ」などと話しながら夕食を済ませた。

ひといきついていた夜10時過ぎ。
病院から電話がかかってきた。

義父の呼吸が止まりかけているとのこと。

受話器の向こうへ「覚悟はしているので、呼吸が止まっても蘇生させなくていいです」と言った夫は、電話を切った後、パジャマに着替えて寝ようとしている。
ここら辺の夫の行動は本当に意味不明。

お義父さんは危篤ってことなんでしょう?

あなた、家で寝ちゃってどうするの?!


父親が死ぬかもしれないと認識し、パニクっただけと思いたいが、夫は時折、本当に理解不能な言動をする。
わたくしの脳裏には、何百回目かの「離婚」の文字が浮かんだ。
落ち着いたらゆっくり考えるとしよう。
今は、他にやらなければならないことがあるのだ。

夫を急き立て、病院へ向かう。
終電近くの電車は酔客であふれていた。
わたくしと夫は、押し黙って座席に座っていた。

とりあえず今は、自分にできる限り頑張るしかないです。
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2011年02月26日

旅立ち

日付が26日に変わる頃、病院に着いた。
義父は、力が抜けたような、ほっとしたような顔つきで、ベッドに横たわっていた。

優しくて、時に残酷な、誰にでも訪れる静謐。

25日の夜10時過ぎに呼吸が止まり、そのまま旅立っていったそうだ。
苦しんだ様子はなかった。
数年前に逝った義母が迎えに来てくれたんだと思う。

昨日入院したばかりなのに。
昨日の朝は自宅にいたのに。
わたくしが病室を出たのが午後6時頃。
それから4時間後に逝ってしまうなんて。
ほんの数時間前、わたくしの手を力強く握り返してきた、あの温かかった義父の手は、今は動かず、ひんやりと冷たい。
病院側も本気で驚いた急逝だった。

わたくしたち夫婦が着くまで病院側が死亡宣告を待ってくれたので、義父の命日は2月26日。
義父は数年前に妻を亡くし、以後ずっと一人暮らしをしてくれた。
わたくしの実の両親はすでになく、夫の母も亡くなり、そして今日、義父が逝った。
わたくしが「お父さん、お母さん」と呼べる人は、これで一人もいなくなってしまった。

お父さん、お疲れ様でした。
わたくしもいずれ、そちらへ参ります。
その時はどうぞよろしくお願いいたします。

お父さん、またお会いしましょう。

去り際が美しかった義父母。
わたくしもそうありたいです。
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2011年02月27日

最期の言葉

緩和ケア病棟に入院した義父が亡くなる前、わたくしに言った最期の言葉が気になる。

「○○○○じゃないか」

あの時わたくしは、意識が不明瞭な義父に何度も「ぴょんぴょんです、わかりますか?」と問うたのだ。
その返事らしきものが「○○○○じゃないか」だった。
う〜ん、う〜ん、なんだろ?
半日考えて、答えが出た。

義父は

「わかるに決まってるじゃないか」

と言ったんだ。


言いながら、ニヤッとしてたし。
そうか、お義父さんは、わたくしのこと、わかってたか。
夫は、父親と最後に会って言葉を交わした時、「お前は誰だ?!」と言われてしまった。
薬のせいか、病気のせいか、義父はわけがわからなくなり始めていたのである。
それでも、わたくしのことはわかってくれたんだ。
お父さん、最後までわたくしを好きでいてくれたのかな。
ありがとうございます。

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