「あはは、違うよ、飲んでるのは本当にビールだよ」
彼とは2000年にインターネットのチャットルームで知り合い、以来、親しくさせていただいた。
オフ会でも何度かお会いし、仲間たちと共に楽しい時間を過ごした。
ネットを通して知り合った相手が実はとんでもない人で、犯罪が起こることもあるご時世である。
お互い、顔を合わせるまでビクビクものだった。
しかし幸いなことに、わたくしがネットで知り合って顔合わせした方々は一般で言う「ちゃんとした」人ばかりで、もちろん彼もそうだった。
尊敬に値する立派な人だった。
産婦人科の勤務医だった彼は非常に多忙で、何日も当直が続くこともザラだった。
出産や、婦人科癌の患者さんの急変で深夜に呼び出されたりも日常茶飯事だったようだ。
わたくしは彼を通じて、日本の産婦人科や医療人全体の激務ぶりを知ったと言っても過言ではない。
お酒は強かったみたいだが、勤務中は当然飲めない。
突発事項がなく自宅にいることができた奇跡のような夜は、よく、ビールを飲みながらチャットでおしゃべりを楽しんでいた。
わたくしは失礼をも顧みず、「本当は高いブランデー飲んでるんでしょ?!」とからかい、彼はわたくしの生意気を怒りもせず、楽しげに相手をしてくれた。
あるオフ会の時、突き出しとしてホウレン草が出た。
小さくつまんだような塊が一人に一つの計算で、大皿に人数分、小奇麗に盛って出された。
しばらくして皿を見ると、ホウレン草の塊が一つだけ残っていた。
幹事だったわたくしは、「あれぇ? 取ってない人だれ?」と聞いた。
誰も名乗り出ない。
その時、思い出した。
確か、彼はホウレン草が嫌いだったはずだ。
わたくしは、冗談のつもりで言った。
「このホウレン草を取っていないのは、先生、あなたでしょ? 妊婦さんに栄養指導したりしてるんでしょ? そんなあなたが好き嫌いを言ってはダメです。これを食べ終わるまで、ビールは飲ませません」
彼は、いたずらを見つけられた子供のようにバツの悪そうな顔をした。
その後すぐ、別のメンバーが始めた話に気を取られていると、わたくしに必死で呼びかける声が聞こえた。
「ぴょん、ぴょん〜。食べたよ、これ!」
空になったホウレン草の皿をわたくしに向けて見せている彼がいた。
涙目になっていた。
ビールを飲みたい一心で、頑張って食べた様子。
彼はわたくしより年長なんだし、与太話が飛び交う飲み会の席なのである。
わたくしの言った「ビールは飲ませない」なんてたわごとは適当に聞き流してもよかったのに、彼は律儀な人だった。
反面、ユーモアを解するお茶目な部分もあった。
働き盛りの年齢で医者と聞けば、真っ先に「裕福」というイメージが浮かぶ。
バカンスは海外で優雅に過ごすこともあるんだろうなと想像していた。
ところが彼は、海外に出たのは1回だけと言う。
その海外渡航経験も内容を聞けば、「途上国の医療支援に数日派遣されたので行った」と答えるではないか。
「時間ができたら、また医療支援に行きたい」とも言っていた。
彼は24時間すべてを医療に捧げ、そしてまた、診察して治療して患者さんを助けることが心底好きだったのだ。
ゴルフの話も、遊びに行った話も、聞いたことがない。
1年ほど前から少し体調を崩しているとは聞いていた。
診察を休んで静養中とは知っていたが、元気になるものとばかり思っていた。
有能な彼は、学会の発表も著作物も多い。
これからますます活躍してくれる人だと思っていた。
また近いうち、東京で学会があれば会えると思っていた。
それなのに…。
年の瀬に届いた訃報に絶句。
どうして?
嘘でしょう?
彼の心臓が最期の鼓動を止めるその瞬間まで、診察室に戻ることを諦めていなかったと思いたい。
患者さんと向かい合い、寄り添う日常をイメージしていたと思いたい。
だから、この言葉は適当じゃないかもしれないけど…。
おじんのばか!!!
どうして死んじゃったの?
命は誰にでも一つしかなくて、死んでいい人もいけない人もないってわかってる。
でも、あなたは特別な、本当に特別な、「まだ死んじゃいけない人」だったんだよ。
それにまだ還暦前じゃないの。
引退は早過ぎです!
まだまだ現役で診察して、いっぱい患者さん助けて、夢だった海外の医療支援に再び行ってもらいたかった。
そして、もっとおじいちゃんになったら、奥様と二人でゆっくりのんびりした時間を楽しんで欲しかった。
おじん、今、どうしてますか?
あれほど好きで、すべてを捧げていた、医療人の生活をまた、心ゆくまでやっているんでしょうか?
それとも、目の前にビールのピッチャーを並べて、呼び出しのない休日を楽しんでいるのかしら?
時々、俳句、詠んでましたよね。
いい句できましたか?
ぴょんぴょんは、おじんがいなくなったことを、どうしても信じることができません。
もう、メッセンジャーにおじんがログインすることはないの?
サイトを更新する時など、婦人科癌の情報をインターネットで検索すると、彼の名前や著作物がしばしばヒットする。
そんな時、わたくしは、自分でもびっくりするほどうろたえたり、なんともやり切れない気持ちになるのである。
わたくしがサイトを作る上で、医学用語や治療の流れなど、わからないことや表記上で迷った時など、おじんには時々アドバイスをいただきました。
ですから、うさぎの本宅を閲覧して、「治療について不安がなくなった」「助かった」などと言ってくださる患者さん方は、知らず知らずのうちにおじんの恩恵を受けていたと言っても過言ではありません。
本当に立派で温かい方でした。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
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しばらくブログの更新がなく、ちょっと寂しく思っていました。
そんなつらいことがあったとは・・・。
とても素敵なお友達ですね。
ぴょんぴょんさんにとって、これまでも、そして、これからも、
ずっと素敵なお友達なのでしょうね。
いなくなったことを、信じることができない方、
私にも何人かいます。
何年もたって、未だに涙が流れることもあります。
苦しい思いも消えたわけではありません。
きっと私は、友人たちを心の灯りとして、
歩いていくと思います。
ぴょんぴょんさん、いつかTANPOPOさんとも一緒に、
必ずお会いしましょうね。