2006年05月21日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(1)

6月の終わり。
梅雨の中休みの晴れ間に、わたくしは親友ノンと埠頭の岸壁で釣りをしていた。
国際港の回りには何キロにも渡って埠頭が並び、首都圏でもアジやカタクチイワシが釣れる。
ちゃんと食べられる、本当の江戸前だ。

太陽はまだ獰猛ではなく、時折吹き抜ける風が爽やか。
降り注ぐ陽光、潮騒、タグボートの力強いエンジン音、船の汽笛などが混ざり合って、牧歌的にすら思える午後。
桟橋へ戻るランチクルーズ船の上を舞うカモメの背中が白く光る。
遠くの岸壁に係留された貨物船の元へフォークリフトが向かい、指示を叫び合う人の声が風に乗って時折聞こえた。
「これが明るく正しい港の姿です!」とでも言っているかのような雰囲気。
平日なので、観光客や恋人たちの姿は少ない。

時期的にアジはまだ早いので、今日はメバル狙い。
いろいろな釣り方、いろいろな釣餌がある。
わたくしは虫が苦手なので、ニョロ系の生餌を使わずに済むサビキ釣りをする。
釣餌はオキアミのコマセ。
海老に似た形をしているけれどシラスより小さいオキアミをまとめてブロック状にし、凍らせたものが売られている。
使う時は解かして、釣り糸を垂らす部分の海に撒いたり、釣り糸につけたコマセ網に入れて魚を誘う。
わたくしとノンはのんびりと釣り糸を垂れ、ぽつりぽつりと話をしていた。

時折やってくるのは、わたくしたちが釣りしている岸壁の近くに建つ港湾観光施設に来る団体旅行客を乗せた観光バス。
降りてくるオッサンたちの多くは、昼の分のアルコール補給を車内で完了して、真っ赤な顔をしている。
わたくしとノンは、たまにモデルのバイトの口がかかるそこそこイケてる美形であった。(※これは何年も前の話です!)
酔っ払いオッサンたちにとっては、からかって楽しいターゲットだったのである。
-続く-


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2006年05月22日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(2)


オッサンご一行様は、わたくしたちの脇を通って観光施設に向かいがてら、「もっとコマセを撒け」「タナとれてるのか、ネーちゃんよ!?」などとヤジを飛ばしてきた。
ずうずうしいオヤジになると、わたくしの隣にしばらく立ち止まり、「もっとシャクれ」などと偉そうに指示まで出す。
酔っ払って気が大きくなっているのか、女に釣りはできないだろうという前世紀の遺物的な先入観があるらしい。

わたくしは自分自身で釣りをしたいと思い、釣り道具を担いでここまで来た。
自分のお金で買った仕掛けと釣餌を使っている。
こちらから「どうしたらいいでしょう?」「教えてください」と頼んでいるわけでもない。
知らない人、しかも酔っ払いの指図を受ける筋合いはない。
純然たる趣味の時間を楽しみたいと思っているのである。
ほっといてくれ!

わたくしはこの釣り場で「サビキの女王」と呼ばれているのだ。
なめんなよ、と思った。
前年の秋、まだ誰もアジが釣れるなんて思っていなかった時期に、アジ一束釣り(一束=100匹)をやったのはわたくしと夫・UKIちゃん。
次の日から、岸壁にはアジ狙いの釣り人がずらっと並んだ。
そして「昨日、一束釣った人がいたんだって」と噂する人の声が耳に入ってきた。
釣り場は、噂が流れるのが早い。

同じ頃、大きいサバをサビキで上げたのもわたくし。
次に行ったら、「落とし込みが命」と明言している常連さんがサビキ釣りをやっていて驚いた。
釣り方にこだわりを持っている人は多い。
そういう人は、これと決めたら他の釣り方はやらない。
落とし込みは、魚がいそうな「ここぞ」という場所に糸を垂らし、もしもあたりがなかったらちょっと場所を変えてまた糸を垂らす釣りで、やたら歩き回る。
根気と信念のいる釣り方なのである。
落とし込み命の常連さんは、わたくしを見ると「たまにはサバ狙ってみようかと思って…」と、バツが悪そうな顔で恥ずかしそうに言った。
彼の信念は、サビキの女王の釣果に屈したのである。
-続く-


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2006年05月28日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(3)


そして、同じ種類の魚でも、場所が変わると釣り方や好む餌ががらっと変わったりする。
観光バスで来た酔っ払いオッサンたちの地元でやっている釣り方を、ここでやる気はない。
相手にすると面倒なので、わたくしもノンも人が通りかかるとわざと仏頂面を作り、話し掛けにくい雰囲気を醸し出すことを心がけていた。
観光を終えたオッサンご一行様が再びバスに乗り込んで行ってしまうと、辺りはまた静かになった。
わたくしたちはほっとして仕掛けを上げ、コマセ網に餌が残っているか確かめた。

干潮や満潮の頂点の時には「潮止まり」という潮が動かなくなる時間帯があり、魚の活性も止まると言われている。
当然、釣れにくい。
潮が止まると、風も止まる。
さっきまでトロッとしているように見えた海面に少し動きが出て、時折、風が髪を揺らした。
止まっていた潮が動き出す時間。
カタクチイワシに混じってぽつぽつとメバルが釣れはじめた。
煮付けにするとおいしい。
わたくしたちは夢中になった。

「やぁ!」という声に振り向いたわたくしは、固まった。
隣のノンが「ひっ…」と小さく息を飲む声が聞こえた気がする。
そこに立っていたのは、パンチパーマ。
白っぽい麻のジャケットの下には、派手な色で趣味悪い柄のシャツが見える。
ジャケットと同じように白っぽいパンツ、白いエナメル靴。
どっから見てもその筋の人が、わたくしとノンを見て、ニカッと笑って立っていた。

その笑顔から威嚇やすごむ感じは受けなかった。
どちらかと言うと人懐っこい笑顔だったが、でも、怖かった。
パンチの傍には、男がもう一人。
そちらは普通の感じの人だった。
地位は、パンチの方が上と見た。
あぁ、まずい。
どうしよう。
-続く-


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2006年05月30日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(4)


「なに釣ってるの?」

「メッ、メバルです…」

パンチは、釣った魚を入れたバケツをのぞき込んだ。

「おっ、けっこう大きいね」

「はっ、はい…」

「あ、糸引いてるよ」

「はっ、はい…」

パンチとその連れは、わたくしたちの釣りを見物することに決めたようだ。
近くにいて離れない。
むちゃくちゃ怖い。

釣れたのはカタクチイワシだった。
このあたりでは「シコイワシ」とも呼ばれる。
わたくしは基本的に「釣ったら食べる派」で、大きくなる魚の稚魚がかかった時、しかも傷ついていなかった場合にしかリリースしない。
傷ついているとリリースしても十中八九は死んでしまうから、だったら責任持って食べてあげたほうがいいのかなと思っている。

イワシは漢字で「鰯」と書く。
字の如く弱い魚である。
針を飲んでいることも多い。
外す時にどうしても口が傷つくので、キャッチ&リリースは無理。
それで、小さくても、いつも持ち帰って食べている。
佃煮風にすると骨まで食べられておいしいのだ。

いつものように持ち帰るつもりで、無造作にイワシを握って針から外そうとしたら、パンチが声を出した。

「あっ…」

「はっ、はい?」

「そっと触らないと。弱い魚だからさ。すぐに死んじゃうよ」

「リリースはしません。持ち帰ります」

「そうか。仕事は何してるの?」

相手がその筋の人だとしても、いや、その筋の人だからこそ、個人情報を正直に話すつもりはない。
けれど、あいまいに答えて「ふざけんなよ!」と、どやされたら、それも怖い。
意を決して「遊び人です」と答えると、意外なことに、パンチは面白そうに笑った。

「この人は坊さん」

パンチは、連れの男を紹介した。
パンチ自身の自己紹介は、なかった。
見ればわかるだろう、ってことなんだろう。

ヤーさまと坊さんという組み合わせが少々不思議だったが、関わり合いになると本気でヤバそう。
パンチの機嫌を損ねたら、海に沈められるかもしれない。
手回し良く、読経要員の坊さん付きだし…。
-続く-


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2006年06月04日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(5)


釣れた魚は、引き上げる時に暴れる。
釣り糸についた海水があたりに飛び散る。
パンチの服にかかって因縁をつけられたらどうしようと、気が気ではなかった。
ノンは自分の竿を置き竿にして、わたくしの傍に引っ付いていた。
わたくしも置き竿にして、ノンと二人で逃げ出した方がいいんじゃないかと考えた。
港の交番まで1キロほど走ることになる。
もしもパンチと坊さんが追って来たら、たぶん振り切れない…。

その時、ノンの置き竿が動いた。
驚くべきことに、パンチがさっさと動いて竿をつかみ、そのままリールを巻きはじめた。
針の先にはメバルが1匹。
パンチは魚を外してバケツに入れると、網にコマセを入れて仕掛けを海に落とし、そのまま竿を握っている。
釣るのに夢中となっているようだ。

自分の竿を取られてしまったノンは、パンチの挙動をボーッと見ている。
しばらくして、ノンがわたくしに小さく囁いた。

「ぴょんちゃん。あのパンチの人、俳優さんだと思う」

「えぇ?」
-続く-


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2006年06月12日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(6)


テレビをほとんど見ないわたくしには、よくわからなかった。
けれどノンは「あの人は俳優の○○さんだと思う。悪役が多い人だよ。知らない?」と言う。
ノンが口にした○○さんを、わたくしは知らなかった。
しかも何やら難しく珍しい名前。
ノンは何回も教えてくれたのに正確に覚えられず、わたくしの脳には「たんこぶ がぎお」とインプットされた。

辺りを見回すと、岸壁の少し離れた場所に人が集まっている。
ロケバスや、機材を積んできたらしいトラックも止まっていた。
イントレ(撮影用の組立式やぐら)が組まれつつある。
車に立てかけられたレフ板が午後の陽射しに光っていた。
パンチの人はノンの言う通り俳優さんで、出番待ちをしているようだ。
国際港の岸壁は、アクション物の映画やドラマにはぴったりのシチュエーションである。
よくよく考えてみると、今どき本物のヤーさまは、たんこぶさんのような「オレはヤーさまです」という服装はしていないかもしれない。
わたくしをビビらせてくれたスタイリストさん、いい仕事でした。

あぁ、神様ありがとうございます。
海に沈められなくてよかった。
坊さんに読経してもらうハメにならずに済んでよかった。
坊さんもたぶん俳優で、今日の役が坊さんなんだろう。
または「たんこぶ がぎお」さんの付き人かマネージャーで、実家がお寺なのかもしれない。
しばらく経つと、たんこぶさんと坊さんは撮影現場の方へ歩いて行ってしまい、わたくしとノンは顔を見合わせて安堵の溜息をついた。
-続く-


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2006年06月19日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(7)


「びっくりしたねぇ」

「はじめはどうしようかと思っちゃった」

本格的に潮が動き出し、魚の食いが立ってきて、面白いように釣れた。
わたくしたちは釣りに没頭し、気が付くとまた、たんこぶさんと坊さんがそばに来ていた。
次の出番まで時間があるので見に寄ったらしい。

わたくしの竿が大きく動いた。
すごい引き。
メバルは目がいいので、細い釣り糸を使う。
グン、グググンと手に伝わってくる強い引きに糸が耐えられるかとひやひやした。

この引きはメバルやイワシとは違うような気がする。
このあたりではシャコやアナゴも釣れるけれど、それらはサビキにはかからないし、「何かかかったみたい?」とリールを巻いても、ダラーンと頼りない手ごたえしかしない。
針にかかって暴れているのだから、魚なんだろう。

ボラ?
スズキ?

どうにか釣り上げると、大きな魚がついていた。
たんこぶさんが言った。

「メジナだ!」
-続く-


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2006年06月27日

〜The port story〜 岸壁のたんこぶヤーさま(8)



ここらへんでメジナをあげている人を、わたくしは知らない。
見たか、サビキの女王の底力!

「でも、夏のメジナは…」と、たんこぶさんが言いかけて止めた。

「食べられないの?」

「いや、そんなことはないと思うけど」

「やった〜! やった〜!」

大喜びするわたくしを見て、たんこぶさんは笑っていた。

日が傾き、撮影は終わった。
たんこぶさんと坊さんは、こちらに手を振ると帰って行った。
わたくしたちも夕陽に背を押してもらい、重たい釣果を担いで帰路に着いた。
夫にメジナを見せると、「おっ、すごい!」と、珍しくお褒めの言葉。

「でも、これを見た人が『夏のメジナは…』って何か言いたそうだったよ。食べられるのかなぁ?」

「夏のメジナは磯臭い、って言われてるんだよ。とにかく刺身にしてみよう」

メジナの刺身はおいしかった。
釣りの番組を見ていると、地方の離島からさらに渡船で磯へ渡り、メジナを釣っている時がある。
「あ〜あ〜、わざわざあんなところまで行って、あのサイズか。けっ!」と、わたくしが言うと、夫はいつも笑う。

最後まで自己紹介をなさらなかったので定かではないのですが、わたくしの勘違いでなければ、T・きばじさま。
その節はお世話になりました。
俳優さんだとすぐに気づかず、大変失礼いたしました。
名前をちゃんと覚えられなくてゴメンナサイ。
メジナは大きな肝入りでした。
ナイフとお醤油を持っていたら、あの場で食べられたのにと残念です。
あの岸壁、今では釣りができなくなっちゃったんです。
テロ対策で立ち入り禁止になり、こっそり入ると逮捕されることもあるそうで、わたくしはもう何年も行っていません。
でも、あの時のことはずっと、いい思い出になっています。
岸壁のたんこぶヤーさま-完-


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posted by ぴょんぴょん at 13:45| The port story | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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